第8話「神様がくれた①」 (第7話はこちら)
今年も1月10日に行われた、西宮神社の福男選び。
深夜に降っていた雨がなかなか厄介だったようで、スリップや交錯などが多発したらしい。
中盤で1位に立った僕だったが、最後のスロープで盛大に滑ってしまったらしく、結果としては3番福になった。
勿論、スタートの位置の悪条件を考慮すれば、相当に良い結果だった。
1番福にはなれなかったが、深沢さんは「家、大丈夫だよ」と慰めてくれた。
しかし、神社関連の儀式や、突然増えた身内からの連絡への対応に忙しかったため、彼女の家へ行くのは翌週の火曜日に延期となった。
「――よっ、真悟か」
深夜にかかってきた通話の相手は、僕の父だった。
「やあ、久しぶり。何してたんだよ」
「何してたって、もう真悟の学費を納めなくていいから、ちょっと遊んでいたよ。無事に卒業できそうか?」
「なんだ、またかよ……卒業は出来るよ、多分」
父の名前は、高崎有悟。
元々はこの父と2人暮らしをしていたが、小学生だった時に関東へと旅立った。
僕は同時に父方の祖父母の元へと預けられた。
学費自体は欠かさず納めてくれていたが、どの仕事をしているか、どんな相手と生活を送っているかについての情報は、息子の僕であろうと一切を知らない。
「最近、福男の父親だからって言うやつで、色々取材みたいなもんが来てさ。でも俺は、何にも知らなくてさ」
「だって、父さんとはしばらく会ってないんやし、仕方ないんじゃないかな。取材されるだけマシだよ、適当にメディアに話して僕を褒めてくれたら、それだけで嬉しいよ」
「あはは、でも何も話すネタが無いから、大変だよ。取材にならないって、皆が退散してくれるから、それはそれで良いけどな」
電話の向こうから、何とも不気味な笑い声が聞こえてくる。
「まあ、それは良かったよ。とりあえず、元気に過ごしてくれりゃ」
「――そういえば、真悟……お前に一つだけ、伝えておきたいことがある」
「もしかして、三番福おめでとう、とか?」
「あはは、確かにまだ言ってなかったな、おめでとう。そうやなくて、俺は来週の火曜に神戸へ行く。ちょっと大事な用事があるんや」
「そうか、じゃあまたその時に」
「用事が終わって余裕があれば、真悟の所にも行くわ。日帰りやから分からんけど」
僕は「おやすみなさい」と一言添えて、通話を切った。
来週火曜日というと、いよいよ彼女の家に行く日だ。
上手く、父さんと出会わずに過ごしたいものだ。
好きでも嫌いでもない唯一の家族に、邪魔されてたまるもんか。
間髪入れずに、LINEの通知が鳴る。
『高崎くん、三番福おめでとう!』
『ニュースで観たよ。あれだけ足が速いなんて知らんかった』
『最後は心配しちゃったけど……笑』
数秒間隔で大量の文面が届く。
そのメッセージの送り主は、同じゼミに所属している葛城菜緒(かつらぎ なお)だった。
『高崎くん! 今、話せる??』
『話したいことがあるねん』
学部が同じという事情もあり、講義の課題関連での連絡は時々していた。
基本的には、大学での講義をそれぞれ1人で受けているため、大学に入学したときに作ったSNSのアカウントで知り合っていた。
直接話したことは少ないが、大学の女子の中ではまだ仲の良い方だった。
【着信があります】
えっ、通話なのか。
普段通りに文面でのやり取りならまだしも、何故通話なのか。
おかしい。絶対におかしい。
福男って、こんなにもモテるのか。
一生分の運を使い果たしてしまった気もする。
先の人生があまりにも心配だ。
僕は画面をスワイプし、電話に出ることにした。
「もしもし、高崎だけど」
「葛城です。なんだか緊張するね、普段はこうやって文面でしか話したことないから、高崎くんの声聞くのって、本当新鮮やね」
「確かになあ……ところで、今日の用件は何なん。もしかして、卒論?」
「いやいや、もう〆切終わってるから!」
「じゃあ、何やろ。教えて、葛城」
「――あのさ、同じ学部に青木っているやん、陸上部の可愛い女子」
「ああ、居るね」
「あの人が、高崎くんと話したいんやて……私もその日行くから、ついてきてくれへん? 頼むわ、一生のお願いやねん」
「でも葛城、一生のお願いを何回使ったんだよ、この数年間で」
「そこをなんとか……あっ、そうだ。ごはん奢ってあげる!」
「それなら、仕方ないなあ」
僕は都合の合う日付を彼女に伝えた。
「ありがとう、高崎くん。またね」
「……うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
通話を切り、スマートフォンを卓上に置いた。
不意に『銀河鉄道の夜』の文庫本が、目に映った。
文庫本は、テレビの前に置かれている。
古いブックカバーに、思わず深沢さんの姿が連想された。
本の中の物語は、鳥捕りが消えて青年と姉弟が現れた場面から再開する。
2人は、乗っていた客船が氷山に衝突して沈んでしまったそうだ。
その姉が語った「サソリの火」の挿話。
天上のサウザンクロスで大半の乗客が降りる。
車内には、ジョバンニとカムパネルラだけが残された。
「ほんとうの幸せ」って、何だろう。
この本を読んでいると、質問に対する答えを考えずには、いられなかった。
でも何一つ、答えが思い浮かばない。
瞳を閉じた。
第9話に続く