読切「1999」(後編)


「でも、人間味がある、っていうのも良いよね。SFのロボットみたいに完璧じゃないし、ミスだって沢山する。ただ、そのミスの一つ一つが、後から振り返れば尊いものだったりするんだよね。塵も積もれば山となる、じゃないけどね」

「いつか日本の人口がピークを迎えて減少していく頃には、テレビとかラジオじゃなくてロボットの時代が来るかもしれないですね。年老いたときに介護とかでお世話になるかもしれないですね。多少は年金もいただけるだろうから、それなりに安心はしてますけど」

 

「そうそう、ラジオからテレビへ。そして、いつかテレビは飽きられて、また別の何かへ。時代の変化は凄まじいけど、結局はその時代に生きている人々の青春は、記憶の中でしっかり保存されていて」

「『昔の何々は良かった』じゃないですけど、良いものは心の中だけでなく、形式上でも何らかの形で残ってほしいですよね」

 

「うん……それじゃあ、曲行っていい?」

 

 僕は「お願いします」と呟いた。

 この会話の流れだと、候補はおそらく2曲——バグルスか、クイーンか。

 ディレクターが再生の準備を終えたようで、左手には、その片方の曲が収録されたシングルCDのケースが見えた。バグルスだ。

 彼女はそのまま、柏木さんに向けて右手で合図を送った。

 

「革新的なものが生み出されると、新たな需要が生まれて、未知の仕事や文化が生み出される。逆説的にいえば、既存のものも脅かされてしまう。まるで光の速さで変化していく近現代の世相を、鋭く描いた曲です。最も有名な邦題は『ラジオ・スターの悲劇』。それではお聴きください、Bugglesで『Video killed The Radio Star』」

 

 ちょうど20年前にイギリスから生まれたこの楽曲は、テレビの出現で仕事を奪われた歌手の話から、ラジオの黄金期を賛美したものであった。ジャンルでいえば「ニュー・ウェイヴ」。後に多くのメディアでパロディが制作され、世界的にも知られるようになった。

 ゴダイゴの『銀河鉄道999』のように、曲の後半で同じ歌詞を延々と繰り返しながらも、その意味合いが変わってくるような構成が、私にとっても好きな曲でもあった。

 ニュー・ウェイヴが、僕たちの会話をかき消すように電波の上で踊り始める。

 

「柏木さん、また凄い曲を選びましたね。僕は、クイーンの『Radio Ga Ga』が来るかな、と予想したんですけどね……ラジオ繋がりで」

「クイーンもたしかに好きだなあ。実はギリギリまで迷ったんだけど、真也くんが来る直前にはある程度、私の中では方向が決まって。せっかく人生最後のオンエアなんだから、伝えたいことを正直に、音楽に乗せて伝えてみよう、って思ってさ。曲自体はめちゃくちゃポップだから、リスナーは楽しんでくれるだろうけど」

 

「えっ、人生最後……ということは、もしかして、エフエム瑞急には参加されないんですか?」

 

 実は、FMあかしが3月に閉局した後、数か月の準備期間を置いて今年の夏頃から「FM瑞急(仮称)」が開局されることになっている。瑞急の駅にサテライトスタジオがある関係で、瑞急が譲渡先に名乗りを出たのだという。このラジオが聴けるエリアも、明石市周辺の自治体でしか聴けない現在の状況から、瑞急沿線の自治体ほぼ全てになるそうだ。したがって、大阪府北部や大阪市内の一部、兵庫県南部でも聴くことが可能になる。

 しかし、番組やディスクジョッキーがそのまま引き継がれるわけでもなく、新たな仲間も迎えて、真新しいタイムテーブルで展開されるらしい。週2回、2時間ずつの番組を担当していた僕は、新局では月曜から木曜の週4回、3時間の帯番組を担当することになる。柏木さんのこの番組と同じく明石駅構内のサテライトスタジオで収録していた状況とは異なり、新体制では神戸に新設される本社スタジオでの収録となる。スタジオブースの中から聴衆の表情を生で見ることは難しくなるが、また「新たな挑戦だ」と思って取り組むほかはないだろう。

 

「うん、その通りね。新しい局には参加せず、少しのんびりしてみようかなと。今まで20年以上ずっと音楽を扱う立場にいたけど、もう一つある仕事の執筆業に専念したくなって。これまでは音楽に関するコラムや記事を書いたりしてきたけど、純粋な物語を書いてみたくなったんだよ」

 

「それって、小説や漫画みたいな物語ですか?」

「……もしかするとそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。例えば曲を作るのも物語を作るのも同義だと思っていて。歌詞だけでなくメロディの構成や進行だって、物語を作り上げる立派な要素だと思う。意外と、テレビやラジオでドラマの脚本を書いたりしているかもしれないし、こればかりは分からないよ。明日のことは誰も知らない」

 

「ノストラダムスの大予言でしたっけ、『今年の7の月』に人類が滅亡するみたいな予言は」

「そうだね、私も耳にしたことがある」

 

「条件が整えば、滅亡を先延ばしにできるとか書いてましたよね、あの本には。果たして、本当なんでしょうかね……」

「たしかに当たっていることもあるし、外れていることもあるもんね。ただ、今は20世紀の終わり——つまり世紀末。4年前の悲惨な震災に、今日も地球のどこかで行われている無意味な戦争。予兆みたいなものが無い、とは言い切れないよね」

 

「つい先日も、ユーゴスラビアの方でしたっけ。荒れてますよね……迫る『2000年問題』も少し怖いですけど、今ってなかなか大変な時代ですね」

 

「2000年問題か、今はコンピュータが結構頑張ってくれているから、次のニューイヤー・カウントダウンは大変かもね。電車や電気・水道なんかのインフラがストップしたり、通信面も障害ができるかもしれない。それどころか、閏日のときはどうなるんだろう。2000年の2月29日を判別できるかどうか」

「——えっ、来年って閏年なんですかね。たしか、『100の倍数』の年は例外で閏年じゃないって聞いたことがありますが」

 

「実はね、例外は『100の倍数』だけじゃなくて『400の倍数』の年にも有るんだよ。西暦で『400の倍数』の年は、逆に平年じゃなくて閏年になるんだ。勿論、単純に『4の倍数』の年を閏年としているプログラムだったら、来年の2月29日は認識できるんだろうけど」

 

「なるほど、そんな細かいルールがあったとは。知らなかったです。まずは、いつ世界が終わっても悔いが残らないように、今を精一杯生きていきたいですね」

「これからも、春に限らず毎年沢山の人と出会い・別れを繰り返していくんだろうね。私は、まだ40代だから、人生の折り返し時点を過ぎたくらいかな。もし仮に『7の月』が来て世界が終わるようなことがあれば、その人生を半分奪われてしまうことになる。20代後半の真也くんだったら、それ以上の割合を過ごすことができなくなってしまう」

 

「世界のどこかで突然何かに巻き込まれて、突然命を落としてしまうことだってありますから、1日1日を大切にして生きていかないとですね……」

 

 柏木さんがふと指差したのは、僕の鞄だった。

 

「——そういえば、『最後の曲』は決めたの?」

「はい、勿論です。昨日番組出演の話をいただいた時でしたね、『この番組の最後の曲を選んでほしい』、って頼まれたのは。やっぱりこれは嘘だろ?って、何度も思いましたけど」

 

 ディレクターが「そんなことあったんですね」と、口を大きく開けて驚いていた。

 何しろ、柏木さんにとっては、番組で流れる最後の曲。

 それどころか、20年以上ものDJ生活を締めくくる最後の曲だ。

 

 実際に柏木さんから受け取ったオーダーは、以下の通りだった。

 第一に、番組の最後に流す「邦楽」の楽曲で、曲紹介も自ら行うこと。

 第二に、明るい未来を予感させるような、先の時代に向けての「最初の曲」であること。

 

 昨夜から今朝にかけての僕は、悩みに悩みながら選曲に苦しんでいた。

 言い方は難しいけれど、いわば「間違うことができない」場面でもあった。

 

 一応、この局のオンエア最終日は月末なので、日付上は数日ほど先ではある。

 だが、一曲の重みが大きいことは、強く自覚していた。

 

「CM入ります!」

 

 曲の終わりにディレクターの声が入り、短いジングルが鳴る。

 ジングルは、閉局キャンペーンで採用されている記念バージョンでもあった。

 

 1、2分ほど企業広告やイベント告知が入った後、有名アーティストの「ありがとう」ジングルが再び流れる。

 この数分間で、沢山のことが脳裏を駆け巡った。

 ジュースミキサーにいっぱい詰め込んだ果実が、ぐちゃぐちゃと音を奏でながら1つの色になっていくように、曲紹介で伝えたいメッセージが定まっていく。

 正直、頭の中は真っ白に等しいけど、僕が伝えたい「色」は見えてきた気がした。

 

 CM中に、スタジオの隣にある倉庫から花束を取り出したディレクター。

 彼女はもう一度手を挙げながら「CM明けます!」と声を上げる。

 

 番組のタイトルをコールする、最後のジングルが流れる。

 それと同時に、ディレクターが指でカウントダウンをする。

 

 5、4、3……

 

「さて、FMあかし。瑞急明石駅のサテライトスタジオからお送りしてきました『Thank AKASHI It's Friday』。毎週金曜日の17時から19時までのオンエアで、柏木が担当してきましたが今回で最終回です。今日は、後輩DJの深沢真也くんにも来ていただいて、公開生放送を行いました……真也くん、いかがだったでしょうか?」

 

「たった20分ほどの時間でしたが、それが一瞬に過ぎていくようなひと時でした。オンエアに乗っていない時間も含めて、たくさん勉強させていただきました。柏木さん、本当に有難うございました!」

「リスナーの皆さん、この番組をお聴きいただいて有難うございました。真也くんは新局の方でも番組を担当されるようですので、そちらもお楽しみください。それでは、この番組最後の曲紹介をお願いします!」

 

 尺に余裕があれば「良いんですか?」と一言挟んで、笑いを取るのもいいかもしれない。

 でも、時計の針は着実に前に進もうとしている。

 

「はい。色々なことが多すぎて、明日のことなんて簡単に予想できないこの時代。ラジオは、そんなあなたと共にあります。嬉しい時も悲しい時も、あなたが前を向いて生きてくれますように。希望は見えなくても、必ずあなたの近くにあるはずです。それでは、聴いてください——」

 

 

【完】