「深夜急行の夜」第2話


第2話「高崎家の食卓①」 (第1話はこちら

 

 

 月曜日の晩御飯は、コンビニで買った惣菜と弁当だった。

 自堕落な大学生活を送り始めて、もう3年以上が経つのだ。

 毎週水曜日にしか授業がない4回生とはいえ、卒論も書かなければならないから大変な日々だ。

 

 ふと自室のテレビを点けて、ザッピングをし始める。

「逃げ恥」は、明日の夜だったかな。

 となると、もう観る番組もない。

 

 暇を持て余していた僕は、周りを見渡した。

 先ほどのテレビが置かれている台の卓上に、ブックカバーを被った本があった。

 

「――なんだろう、これは」

 

 その文庫本を手に取ると、徐にページをめくった。

 タイトルは『銀河鉄道の夜』。

 暗い青色の夜空を背景として、十字星や汽車が描かれた表紙だった。

 国語の教科書で、宮沢賢治の他の作品を読んだことは何度かあった。

 

「まだ読んでなかったなあ」

 先週に最終の急行へ乗車したときに、あの女性がくれたことを思い出す。

 日付が変わったら、またあの人に会えるのだ。

 

 僕は、一度時計を見て時間を確認してから、文庫本に手を伸ばした。

 

 

 

 

「まもなく、24時27分発の最終電車、西宮戎行の急行が発車します」

 

 荷支度を済ませて、僕は瑞急京橋駅へと向かった。

 曜日は既に、火曜日へと移った。

 定期券は持っていないので、西宮戎と京橋の間の往復券を購入していた。

 

 そういえば、あの人はどの駅から乗っているんだろう。

 たしか先週は、友人とSNSで盛り上がってしまっていたから、あまり周りの乗客の様子までは観られていなかったなあ。

 

 僕は、最後尾の車両の空いていた席に座った。

 始発駅の京橋駅の時点では、彼女は乗って来なかった。

 混雑は今のところ少なく、先週とさほど変わらないようだった。

 ゆっくりと、急行の扉が閉まる。

 

「この電車は、西宮戎行、急行です。途中の停車駅は、南森町、梅田、尼崎市、武庫大橋です。次は、南森町です。地下鉄線はお乗り換えです」

 

 あの人は、いつ乗ってくるんだろう。

 どんな話をしたらいいんだろう。

 

 今思えば、ひたすらそんなことを考えていたような気がする。

 本当に純粋な人間だなあ、自分は。

 

「……こんばんは」

 右側の方から不意に聞こえてきたその優しい声に、僕は「うわあ」と驚嘆してしまっていた。

「こ、こんばんは」

 何だか、僕が驚いた瞬間に大量の人間と視線が合ったみたいで、恥ずかしく思えた。

 乗客も全てのロングシートの座席が埋まりきるほどの多さになっていた。

 

「お久しぶりです。私は深沢といいます。身分を証明する物は無いんですが……」

 深沢さんと名乗る彼女は、少し笑いながらこちらの方を向いた。

 

「僕は高崎真悟です。ところで、深沢さんは何方の駅から乗られていましたか?」

 すると深沢さんは「ふふふ」と不気味な声を出しながら、「それは秘密です」と小さな声で呟いていた。

 

「――ところで、この前の本は読んでいただけましたか?」

「あっ、読みましたよ。ケンタウル祭の辺りまでしか読めてないです。まだ、銀河鉄道には乗車してないですね……」

 僕はリュックサックから本を出しながら、余り紙を活用した栞を指差して見せた。

「本当ですね、まだまだ序盤ですね。電車へ乗った時には、その旅は既に始まっていますから」

「はい」

 

「瑞急も、天気が良い時には夜の大阪湾がよく見えたりして、気持ちいいですよね。あの『銀河鉄道』ほどの景色ではないんですが……」

 深沢さんは曇り空の車窓を眺めながら、何だか切なそうな顔をしていた。

 

「そうですね……あっ、でもまだ『銀河鉄道』の景色を本で読んだことはないので、ネタバレは禁止でお願いします」

「わかりました」

 

 

 

 

「次は終点、西宮戎、西宮神社前です。お出口は左側です」

 深沢さんとは先週以来、1週間ぶり2度目の対面ではあった。ただ、僕が想像して以上に話が弾んでしまっていた。

 

「次が終点ですね」

「はい。高崎くんは、終点に着いたらそのまま帰宅ですか」

 

 時計は、とっくに24時を回っていた。

 逆にこの後どうするんだよ、とツッコミを心の中では入れていたが、僕は「そうです」と軽く言葉を返した。

 そもそも今は10月だから、夜は寒くなり始める時期だし。

 

「良ければ、一緒にご飯食べませんか?……まだご飯食べてないので」

「……えっ?」

 

 ちょっと待ってくれ。

 どういう展開なんですか。

 

「いや、ご飯はさっき家で済ませたので……しかも、この遅い時間に開いている店って、なかなか無いですよね?」

「大丈夫です。私は料理を作ることがとても大好きなので、キッチンをお借り出来れば残り物で作りますから」

 なんだ、深沢さんの過剰な自信は。

 

 正直この状況は、僕にとってもよく分からなかった。

 ただ、「もしかして、深沢さんって家無いんですか?」って、正直に思っていることを、実質2回目の対面をしているだけの異性に言えるわけなどない。

 失礼過ぎるし、何よりその発言は許されない。

 たしかに服装は先週と同じで、あの白いワンピ―スみたいだけど。

 

「――じゃあ、キッチンは自由に使ってください。家に案内します」

「有難うございます!」

 

 深沢さんが無邪気に喜ぶ顔を見ていると、さっき考えていたことが唐突にばかばかしくなる。

 

「まもなく終点、西宮戎、西宮神社前です。お出口は左側です。本日も瑞急をご利用いただきまして有難うございました」

 

 終点に到着した急行の扉が開いた。

 

 

第3話に続く